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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2379号 判決

理由

一  被控訴人がその主張のような記載のある本件約束手形(甲一号証の一)を所持していることは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は本件約束手形を振出したことを争うので検討する。

控訴人が西一雄という名義で銀行取引をしていたことは当事者間に争いがなく、《証拠》を総合し、かつ甲第一号証の一に存する「西一雄」の記名印の印影および「西」の印章の印影と甲第三号証および同第四号証に存する「西一雄」の記名印の印影および「西」の印章の印影(いずれも写)とを対照すると、控訴人は昭和四二年二月二八日から同年六月二日まで訴外城南信用金庫大岡山支店と当座勘定取引をし、同支店から約束手形用紙の交付を受けるとともに、同支店に「西一雄」の記名印および「西」の印鑑を届出ていたこと、本件約束手形は、右約束手形用紙を用い、その振出人欄に右届出の「西一雄」の記名印および「西」の印章が押印されたものであること、控訴人は手形割引による金融を得る目的で本件約束手形を訴外依田豊に交付したことが認められる。控訴人は原審における本人尋問において、依田豊に渡したのは約束手形用紙一枚のみであつて、本件約束手形の振出人欄に「西一雄」の記名印および「西」の印章が押印されたことについては関知しないかのような供述をしているけれども、にわかに信用しがたく、他に反証がない以上、本件約束手形の振出人欄に存する「西一雄」の記名印の印影および「西」の印章の印影は控訴人の意思に基いて顕出されたものと推定すべきである。

本件約束手形の振出人欄には「西一雄」の記名印の前に「通信教育社代表者」の記名印が押印されているので、外見上本件約束手形の振出人は「通信教育社」であるかのようにみえないではない。控訴人は前記本人尋問において、「通信教育社」なるものについて全く関知せず、教育問題調査研究会という名称で学校関係の仕事をしている旨供述しているのであるが、被控訴会社代表者の前記本人尋問における控訴人方の近所の駐在所で「教育通信社」といつて尋ねたところ「西一雄さんですね」といつて控訴人方を教えてくれたという趣旨の供述および弁論の全趣旨からすれば、かえつて控訴人が「通信教育社」の名称を用いてなんらかの業務を営んでいたこと、「通信教育社代表者西一雄」は「西一雄」すなわち控訴人にほかならないことをうかがうことができるのである。

以上認定の事実関係によつて判断すると、本件約束手形は控訴人が振出した上依田豊に交付し、同人を通じてこれを流通においたものというべきである。

三  被控訴人が訴外極東運送株式会社から本件約束手形の交付を受けたこと、本件約束手形の振出日および受取人欄が白地であつたこと、右各欄の白地を被控訴人において補充したことは、当事者間に争いがない。控訴人は、右極東運送は当時倒産状態にあり、このような会社が使用せずに所持していた約束手形であれば、被控訴人としては本件約束手形が正常なものでないことを疑い、補充権授与の合意の有無につき控訴人に照会すべきであつたのに、被控訴人はこれを怠つて前記白地の補充をしたのであるから、控訴人は被控訴人に対しその補充が合意に反していることをもつて対抗できると主張する。しかし前認定の事実関係からすれば、控訴人は割引による金融を得るため本件約束手形を振出したのであつて、振出日および受取人欄については白地補充権を所持人たるべき者に黙示的に与えていたものというべきであり、被控訴人は所持人となることによつて右白地補充権を取得したのであるから、被控訴人のした補充が補充権授与の合意に反しているということはできない。控訴人の右主張は理由がない。

四  控訴人は、さらに本件約束手形の振出人欄の記載が何人かによつて「西一雄」から「通信教育社代表者西一雄」に変造されたから、変造後の団体の代表者の責任を負うべき理由はないと主張するけれども、その変造がなされた事実を認めるに足る証拠がないのみならず、「通信教育社代表者西一雄」と「西一雄」とはいずれも控訴人にほかならないと認めえないではないこと前記のとおりであるから、控訴人の右主張も採用できない。

五  被控訴人が本件約束手形をその主張の日に支払のため支払場所に呈示したことは成立に争いのない甲第一号証の二によつて明らかであり、その以前に本件約束手形の前記白地の補充がなされたことは弁論の全趣旨によつて認めることができる。

六  そうすると被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は失当として棄却すべきである。

(裁判長裁判官 菅野啓蔵 裁判官 小林信次 中平健吉)

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